シマにはいろんな立場の人がいて、
シマに対する考え方も人それぞれ。
あたしは、なぜか子どものころの地元みたいな匂いのするこの街を、
「できれば、変わってほしくない」
「シマらしいままであってほしい」
ひそかにそう願っています。
なにかひとつ便利になったら、
知らないうちに何かを失くしてるってこと、
いつかひどく懐かしく思うことがあっても、
もう絶対に手に入らないんだってこと。
だけど、そんな思いをシマに向けても
よそ者のエゴなんじゃないかって、
あたしはシマの人がどこに向かうのか、
見守っていくほかないのかな、そう思ってました。
ここが居場所だ!って思えたところが、どうかなくなりませんように。
そして、1人のシマッチュと出会いました。
沖縄が内地の資本に食い物にされていくのを見ていて、
このままでは奄美もそうなるかもしれないということ、
東京の真似したって勝てないけど、
シマには実は、東京がいくらがんばっても真似できないすごいものが沢山あるってこと、
それをみんな気づいてないこと…
たくさん話をしました。
あたしの「こうでいてほしい」というシマのかたちについて、
シマッチュにも同じ思いを持っていてくれる人がいて、本当にうれしかった。
大きな仕事を始めようとしているところで、
「みんなそれぞれシマに対する思いの形があって、
自分のやろうとしている事はもしかしたらエゴかもしれない」と、
あたしと同じ不安を抱えていることも知りました。
ああ、この人なら大丈夫だ、
価値観を押し付けたりせず、
きっと、いい形のシマをみつけていける。
そう思えて、
なにかボランティアでも手伝えることはないかと話をしました。
4月半ばからその人のところで仕事をしています。
すごく責任のある仕事。
シマのために何かできればいいなーという思いと共に、
シマを想って情報をかき集めてた、
ほんのすこし前のあたし自身のために、がんばりたい。
…やっぱりエゴかな。