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嘉義丸のうた

先週金曜日、NEWS23に、朝崎郁恵さんが出演されました。
朝崎さんは関東を中心に活動されている、奄美諸島・加計呂麻(カケロマ)島出身。
唄者の中でも別格の存在です。

おぼくり
おぼくり
嘉義丸のうた収録
戦争中、鹿児島から奄美・沖縄へ帰郷する人々を乗せた、嘉義丸という船がアメリカ戦艦に沈められました。朝崎さんのお父さんは、犠牲者の方々への追悼から、この唄を作ります。
しかし、戦況が不利であることを国民に知らせないため、唄うことを禁じられてしまいました。またアメリカの占領下においても、戦艦を恨む気持ちが唄われているため、封印されていました。

朝崎さんが、子供のころの記憶を頼りに再現したそれは、作者不詳とされてきた、沖縄民謡の「十九の春」のメロディーでした。

曲自体がオリジナルかどうかは断定できてないみたいなのですが、「十九の春」は、沖縄らしくない曲だなあ、と思っていたので勝手に納得。

沖縄と奄美の音楽の違いは…

沖縄は琉球音階。「ドミファソシド」だけ使って適当に音をだすと、雰囲気でます。マイナーコードが存在しません。
奄美は日本民謡の音階「ドレファソラド」。
ヤマトの人間も何だかココロを揺さぶられてしまうのは、幼い頃に聞いた民謡の音階と共通だからなのでしょう。哀しい感じのする唄が多いです。

もっとも、ウチナーンチュの誰に聞いても、「そんなに変わらないさー、沖縄も奄美もおんなじさー」って言われます…(汗)
それを信じて、初めて奄美行って朝崎さんのCD聞いたとき、びっくりして固まりました。

機会を逃さずに、生で聴きたいと思ってます。

朝崎さんのページはここ
書いた人 靴屋 | comments(6) | trackbacks(1) |




コメント

はじめまして 靴屋さん^^
楽しく拝見させて頂きました。
私は名瀬生まれの現在東京在住です。
音階の他にも サンシンの糸の張りも 沖縄と島とでは
少し違います。島の方が強めに張っていて 音が高いです。
島を 愛してくれて ありがとう(^^
クロ | 2005/06/23 9:42 AM

クロさん初めまして。うがみしょうら!
コメントありがとうございます。名瀬が故郷だなんて、羨ましいです…

私は、シマの人たちがそれぞれ、自分の生まれた場所をとても愛してるように感じて、そこにとても惹かれました。

シマの三線は、弦が沖縄より細いですよね。バチも細くて…シマがギターで、沖縄がベースぽいかな、と思いました。
曲ごと、唄者ごとに調弦を変えたりするのにもびっくりしました。何か、かっこいいんですよねえ。

またシマのこと、教えてください。

靴屋 | 2005/06/24 12:35 AM

初めまして
「嘉義丸のうた」にかんする記事をさがして こちらにたどり着きました

もともと「十九の春」が好きで
でも その歌の生まれた先にこんな歴史があったなんて 全く知りませんでした
恥ずかしい

トラックバックさせていただきまして
拙ブログに この記事のURLを貼り付けさせていただきました
忘れるのが怖くて

勝手なことをして ごめんなさい

削除をご所望でしたら お手数をおかけして恐れ入りますが
拙ブログまでご一報ください

失礼いたしました
タフタ | 2006/07/10 1:48 PM

>タフタさん
初めまして。コメント&リンク歓迎です。ありがとうございます。

奄美で「うた」というと、曲ではなく歌詞のほうを指すことがほとんどです。なので記事にも書きましたけど、嘉義丸のうたのメロディがが十九の春の「原曲」かどうか、本当のところは全くわかりません。
奄美で有名な島唄に「行きゅんにゃ加那」というのがあるのですけど、これも「別のうた」として歌詞の全然違うものが残っています。これは別のうたのほうが先に作られたようですけど、曲もそのときなのかは分かりません。
誰にも本当のとこが分からないなら、好きなほうでいいんじゃないかな、無責任かな…
靴屋 | 2006/07/12 12:22 AM

はじめまして
鹿児島に住む、奄美・沖縄好きのものです。

たった今しがた、TVで「嘉義丸のうた」をめぐる特番をみて
知ってはいましたが、思いを新たにしました。
生存者の方々の話が中心で、観ているうちに
思いあまって検索して、ここにたどりつきました。

実は途中からみていたので「十九の春」のメロディーに
“似ているなぁ”とおもっていたので、検索で調べ始め
読ませていただいていて
ちょっと話題に共鳴して、書き込みました。

「十九の春」は、私も大好きでして(^ ^)
映画「ラヴィの恋」でもおおいに出てくる歌で
公式サイト内で解説がされていました。
そこによると、もともとは内地で歌われていた
流行歌だったそうです。
しかも、明治時代で「ラッパ節」というものであり、
島の人々のあいだで歌われるうちに、今の「十九の春」が
できあがったのだそうです。

もうすでに、ご存知でしたらすみません。

あらためて、沖縄の唄の強さと、戦争を経験し
乗り越えてきたシマンチュの素晴らしさを
何かひとつ知ると、自分の心に少し強さを持てるかもと、
生存者の方や朝崎さんの歌う姿から思いました。

もういくつ寝ると、お正月♪
平和な年でありますように!
にーな | 2006/12/28 2:29 AM

>にーなさん
コメントありがとうございます。

十九の春のメロディーは、ほかにも与論小唄が原点という説があるようです。与論出身者が三池炭坑で集団就職をしていたときに唄われていたものが流行した、というものです。
こちらに住み始めてから、何人かの学者さんにもお会いする機会がありましたが、学者さんたちの中では今は与論小唄説が有力かな…という印象でした。
はっきりしてることは、十九の春の歌詞がつけられた時点では、作曲者を調べたけれど見つからなかった、という事と、「嘉義丸のうた」の歌詞は朝崎さんのお父さんが作られた、という事だけのようです。朝崎さんのお父さんがこのメロディーをつくった、ということを、肯定も否定もするつもりはありません。

ただ、上にも書いてますが、島で「唄」といえば、それは歌詞のことなんです。メロディーは「節」。その節で唄われる代表的な唄の名前で呼ばれています。

島唄はとても奥が深いです。奄美でお祭りの最後に唄われる「六調」は、沖縄本島を飛び越えて八重山にもあります。ごく最近の発掘調査で、遣唐使のころ、奄美群島は中継地点として大変栄えていたことがわかってきたようです。北海道から昆布を乗せた貿易船は奄美・沖縄を経由して中国へ。種子島には黒潮に乗ってポルトガル船が漂着。海の交通を考えると、ほんとはもっと、考えもつかないところから来たメロディーかもしれませんよ。

何しろ、インドネシアにもチャンプルって料理、ありますからねー。
靴屋 | 2006/12/31 12:52 AM


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http://yurathiku.ti-da.net/e494420.html今更ながらモノを知らな椙http://iurico.tblog.jp/trackback/30019虎馬 難儀 できたかな〜(汗)
花のお庭 | 2006/07/10 1:30 PM




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